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2009.09.06 (Sun)

第5回。


夜は、明けているんだ

太陽が見えないだけ

-------------
ある人は「今気づいた」と思いながら
ある人は「あぁ、そんなのあったなぁ」と思い出しながら
また
ある人は「前にもそんなこと考えたっけ」と記憶をたどりながら

夜明け前の
いちばん暗い空を見る

臥待ち月更け待ち月まで起きているのも好きだったりは、します。
昨日は満月でした。
うちからは角度によっては月が見えません;
一昨日、お弁当屋さんに行き帰り
十四夜の月を見ました。


「もうすぐ」だと思うからなのか
明るくなる…はず…の、ちょっと前というのは
ことさらに暗さに目が向いてしまって
時に途中よりもずっと不安になる
いつなの?

いつなの…?

じれったい。
「夜明けを迎えに行く」
なんてポジティブモードになれる時は平気だけど
待ってるしかないこともある
夜ならいい。
狭義“夜”ならそれでもいい
寝ちゃっても夜は明けて…しまう…んだろう。
夜、が
比喩でしかない時は不安になる
何か別のもっと暗くて長くて…長い?最初と最後があるなんていつ決まった?
今自分が過ごしているトキは、
望む答えがいつか出る途中なのかな
ホントに



太陽
って
暑すぎたりまぶしかったりすることもあるから
大好きというほどでもない。
幼稚園のお絵かきでもあるまいに
月でもいい
月ならいい

ともかく

ここに流れている不安な時間に
ほんとうにおわりがきて、
あるいたあかしがみえて、

「何にもならなかったわけじゃない」

そう思える瞬間が
訪れるのかな?

果報は寝て待て とか
人事を尽くして天命を待つ とか
唱えてみても
ひとすじ。
届くまでは
どうかすると
「結果につながるだけのことすら、できてなかったんじゃないか」
ふあんふあんふあんふあんふあん

例えば。
そのひかりが訪れるのを待つことをやめて、
もう違う次元に…
ここではない場所に…
行ったとして。
そこには何もない方が“いい”のかな
それとも、そこにこそきっと何かがある!ってはっきりしてるもの?

ねぇ
「もうここに光が訪れるかどうかどうでもいい」
なら



ここに居たって、いいじゃん





サーチライトに照らされてしまうまでは
好きなことしちゃって

それじゃ
ダメ…ですか?
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Comment

●No title

幾つになっても答えを見出せません・・・
これでいいのか悪いのか、試行錯誤の毎日です。
時が経ち、先の答えまで辿り着いても、またその先がある。
きっと自分が消えるその時まで答えは出ないのかもしれませんね。
だから自分を信じて進むしかないのかも・・・

・・・・・・な~んて思いながらも迷い迷ってもがいていますけどーe-441

月明かりは柔らかで優しくて怪しくて大好きです!

うらら |  2009年09月17日(木) 08:10 |  URL |  【コメント編集】

●No title

>うららさん
「答えが出ないものだ」と思うことに安心しそうになったり、「出ない答えでも探そうとしてる自分」に安心したりするのが不安です。
けど、そんなこと考えなくたって生きていけるさ~っていうお気楽が一番危険じゃないかなとは思います。迷った時・道を見失った時に何にどれだけ迷っているのか分からないと不安に負けそうな気がするから。
とりあえず、この先もずっと生きていくはずなのに「悟りを得ました。悟りきりました」て言える人はいろんな意味ですげーな(-ω-`)と思ってしまいます。
それともあるいは、朝になって明らかになることを恐れる向きがあるのだとしたらかなしいなぁ。
宮城ま咲 |  2009年09月18日(金) 00:28 |  URL |  【コメント編集】

●No title

随分と前に、サボテン名義じゃないブログで書いたんですが、坂道を登りきったって、多分、そこは何もない平原に行きつくだけなんだと思うんですよね
だから人はそこに穴を掘って、お墓を作るんだという結論に達したのですが(すいません、意味不明ですね)
例えば、夢に向かって進み続ける人生だとしたら、夢が叶おうとも、叶わなくても、最後は何もないところに行き着くんだと思うんですよ。
叶わなかったとしたら、本当に何も無い。叶ったとしても、叶ったからこそ、何もなくなってしまう。
結局、上り続ける坂道の途中に、全ては存在するのであって、上りきったら何も無いんじゃないのかなぁと。
そう考えた方が楽だっただけですけどね。
朝になったら、光に照らされて、全てが見えてしまいます。多分、そこにあるのは、そんなもん見るもんじゃないくらいに醜悪なもんがゴロゴロ転がってる風景なんだと思うんですよ。
だからずっと夜で幻想的な風景のままでいたほうがずっといいんじゃないのかなあと思います。
夜は足元もおぼつかないし、困難な道なんでしょうけどね。
サボテン |  2009年10月06日(火) 03:48 |  URL |  【コメント編集】

●No title

うぉぉ…しっちゃかめっちゃかじゃないですか自分;

>サボテンさん
昨日気づきました;すいません。
ていうか非表示なのは単に設定度忘れだったんだと思いこんで表示承認しましたけど、内々だったりしますか…
人生一本坂って思わないですねー。上下上下、こっちの峰を制覇したら褒められる人は山が1つしかない人生、「もともと特別なオンリーワン」とかぬるい考え方に基づかない人生ならこっちの峰で一息ついたら次の山を目指すんですよ。
夢が叶わなかったら何もなかったとして、じゃあ何もないところに行きたくないなら平地でユルユル生きて終わりがベストでしょうかね?登りきったところにあるものをもらいに行くとか見に行くとかってより、登りきったところに目標を設定して、そこに到達できるかどうか自分を確認するのが夢かなぁと思ったりもします。
真っ暗だと今自分がいるところがどういう場所なのか見えないですよね。それは結局もろ刃だと思います。「どうせこんなところ大したことないさ」って低い評価をしてても、明るい時に見たら気に入りのものもあるかも知れない。酔っ払いのゲロと改造車のタイヤ痕で荒んだ場所かも知れないけど、それを知れば場合によっては他の場所を目指そうというモチベーションに繋がるかも知んないし。
宮城ま咲 |  2009年11月01日(日) 22:28 |  URL |  【コメント編集】

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